ミュージカル座代表 ハマナカトオル
ミュージカルは、野球や自動車産業と同じように、アメリカで生まれ、日本に輸入されてきたものです。アメリカではすでに100年を超える歴史がありますが、昭和38年の「マイ・フェア・レディ」上演に始まる日本の本格的なミュージカルの歴史は、まだそれほど長いものではありません。ですが、日本における最近のミュージカルの発展には、目を見張るものがあります。日本の演劇形態では不可能と言われていたロングラン公演を可能にし、スター・システムに支配されていた商業演劇にもオーディション・システムが導入されて新しいスターが続々と生まれ、ミュージカルは、まさに現代演劇の花形へと成長した感があります。優れた外国産のミュージカルが次々と輸入されて、音楽やトレードマーク付きの商品が売られ、ビジネスとして、芸術として、ミュージカルは時代を象徴する文化の顔とも言える存在になりつつあります。また、最近ではアメリカ、イギリスだけでなく、カナダ、フランス、オーストリア、オーストラリア、韓国、南アフリカなど、さまざまな国でつくられたミュージカルが国境を越え、私たちを楽しませてくれるようになりました。とくにお隣の国、韓国は、ミュージカルのレベルが大変高く、オリジナルのいい作品が生まれているようです。
私は、世界へ輸出できる日本のミュージカルについて、考えてきました。日本人の知性と細やかな感性が、いつしかアメリカの自動車をおびやかす国産の自動車を生み出したように、日本のミュージカル・スタッフも知識と経験を積み、ノウハウを蓄積して、いつかアメリカやイギリスの作品に匹敵する優れたミュージカルを生み出す日が来ることを、夢に見続けてきたのです。やがて日本のミュージカルも国境を越え、「キャッツ」や「レ・ミゼラブル」のように世界中で上演されて、人々の心の糧となる時代が来る。その日にそなえ、私と同じ思いを持つスタッフと共に、国産の新作ミュージカルを作ろうとスタートさせたのがミュージカル座です。「ミュージカル座」という名前はとてもシンプルですが、このプロジェクトがミュージカルを愛するすべての人のものになるよう、願って名付けたものです。
千里の道も一歩からで、優れた国産ミュージカルを製作するためには、長い地道な努力の積み重ねが必要です。ミュージカル座は、新しいミュージカルを作り出すための生き生きとした実験場です。各スタッフが知恵をしぼり、意見を戦わせながら、人々に感動を与える素晴らしいミュージカルを生み出すよう、日夜努力を続けています。文学、音楽、舞踊など、総合芸術としてあらゆる要素を飲み込むミュージカルは、またその舞台の上に立ち、輝きたいと望んでいる人々にとっても、高くそびえる山だと言えます。歌唱力、ダンス力、演技力をそなえた素晴らしいミュージカル俳優になるためには、長い時間がかかります。私たちスタッフも同じことですが、本来、芸事には卒業もありませんし、ゴールもありません。これでいいということはないのです。舞台を志すということは、一生かかって、誇りある舞台芸術家としての一生をつくり上げていく試みにほかなりません。私たちは、多くの才能ある若者たちが、存分に、そして大事なことですが自由に、ミュージカルに挑戦し、才能と努力の成果を発揮し、成長していける環境づくりを行っていきたいと考えています。
21世紀、これからの時代に、はたしてどんなミュージカルが登場してくるのだろうかと、私はよく想像しています。芸術は時代をうつす鏡ですから、きっとこれから私たち人間が直面するさまざまな問題や課題、その時代に必要とされる新しい哲学が、あちこちの劇場で賑やかに上演されて行くことでしょう。同じ時代を生きる舞台芸術家として、時代を見つめながら、未来へと続く素晴らしい作品を一緒につくって行くことが出来たら、大変幸せなことだと思っています。