-No.1-
「あなただけ今晩は」というタイトルは、私の好きなビリー・ワイルダー監督の映画(1963年)の題名で、もともとはフランスのミュージカルだったものを、ミュージカル嫌いのワイルダー監督がストレートプレイに直して映画化したもの(原題は「イルマ・ラ・ドゥース」)。パリの娼婦を取り締まっていた警官が、一人の娼婦に恋してしまい、警官をやめて娼婦のヒモになったけれど、今度は愛する彼女が他の男に抱かれるのが我慢できなくなって・・・・というよく考えられた脚本のコメディ。「アパートの鍵貸します」に続くジャック・レモンとシャーリー・マクレーンのコンビがよかったなあ。
さて、この題名をホームページに連載する小文のタイトルにつけたのは、どうせこんなもの、書いてもほんの数人しか読まないだろうから、という開き直った意味である。前には日記形式のものを書いていたが、昨年、あまりの忙しさのため挫折したので、今度は不定期更新。書きたい時だけ書いて、書けない時は書きませんと高らかに宣言しよう。ああ、これで楽になった。
ところで、ビリー・ワイルダー監督と言えば、昨年95歳でなくなったけれど、ミュージカル嫌いであるにもかかわらず、ミュージカルとはとても縁が深い。名作「アパートの鍵貸します」はニール・サイモンの脚本でミュージカル「プロミセス・プロミセス」になっているし、「お熱いのがお好き」はミュージカル「シュガー」に、「サンセット大通り」もアンドリュー・ロイド=ウェバーがミュージカルにしたし、「麗しのサブリナ」も日本でミュージカルになった。前述したように「あなただけ今晩は」もミュージカルだ。ワイルダー監督の意図とは別に、多くの人がミュージカルにしたいと考える要素をたくさん持っているのだろう。
それはひとつには、ワイルダーとI・A・L・ダイアモンドの共作による名脚本があげられる。なんと言ってもワイルダーの映画は脚本が素晴らしい。お洒落で知的で洗練された品があり、ラストシーンの最後のセリフまで目が離せない。アメリカ喜劇としては、ソフィスティケイティッド・コメディの系譜に位置するもので、スラップスティック・コメディではない。あのキャメロン・マッキントッシュでさえ「ミュージカルは脚本がよくなければ成功しない」と言っているように、ミュージカルの製作者たちが、いい脚本をさがしてたどりつくところに、ワイルダーの作品群があるのだろう。さて、ワイルダーの名作でその他の主なものをあげるとすると、「七年目の浮気」「情婦」「昼下がりの情事」「失われた週末」「フロント・ページ」「恋人よ帰れ!わが胸に(ザ・フォーチュン・クッキー)」などがある。このうち私がミュージカルにして面白いなと思うのは「フロント・ページ」と「昼下がりの情事」がイチ押し。「昼下がりの情事」はクロード・アネの小説「アリアーヌ」がベースになっているが、「フロント・ページ」は職人ベン・ヘクトとチャールズ・マッカーサーの戯曲であり、もともとは舞台で演じるために書かれた脚本だ。あまりに面白いので、「ヒズ・ガール・フライデー」など題名を変えて何度も映画化されている。「プロデューサーズ」のヒットでコメディ人気が上昇しているブロードウェイで、極めつけのミュージカル・コメディとしてリバイバル上演されないものだろうかと思う。やっぱり演出&振付はスーザン・ストローマン?
「フロント・ページ」は、記者クラブという限定された空間の中で起こる舞台向けコメディで、特ダネを狙って相手を出し抜く新聞記者の丁々発止たる駆け引きが爆笑をうむ。男世界の話なので、メインの女性の役は犯人に同情を寄せる娼婦ぐらいしか出てこない。男女のラヴ・ロマンスが至上命題であるハリウッドは、ヒルディ役を女性にして「ヒズ・ガール・フライデー」を製作したが、ワイルダーはこれを嫌って、「おかしな二人」の名コンビ、ジャック・レモンとウォルター・マッソーによる男のコメディにして、爆笑の度合いを増した。特ダネを追いかける新聞記者を主人公にしたコメディは、名作「或る夜の出来事」「ローマの休日」など、アメリカ喜劇にはひとつのジャンルと言っていいほどたくさんあるが、日本でも、スクープを狙って競争する男女の新聞記者や報道カメラマンのコンビが引き起こすミュージカル・コメディの新作をぜひ見てみたいものだ。
また、「昼下がりの情事」は、少し小さめの劇場で、ゴージャスな有名俳優が演じたら素敵なミュージカルになる要素に満ちている一品だ。ミュージカルにするには、原題の「アリアーヌ」というタイトルでもいいかもしれない。映画ではオードリー・ヘップバーンが演じた素晴らしく可愛い女主人公アリアーヌがまず魅力である。パリを舞台に、数人の男女が織りなす大人のウイットに富んだお洒落なミュージカルになりそう。また、映画でつねに「ラヴィアン・ローズ」を演奏していたバンドマンたちの登場も、小さなミュージカルとして面白く演出できそうな感じ。そういえば、ミュージカル座にこういう洒落たタイプのミュージカル、ないなあ。自分をオードリー・ヘップバーンに似ていると思ってる女優さん(アナタ)、挑戦してみてはいかが?
ビリー・ワイルダー監督とは全然関係ないのだが、去年、ビリー(山口e也)先生と新幹線の中で一緒になって、「先生、何かミュージカルにしてみたい題材はないですか?」と聞いたら、なんとビビアン・リーとロバートテイラーの映画「哀愁」をやってみたいと答えたので驚いたことがある。あの映画が好きなのだそうだ。これは美男美女をキャスティングしなければならない。この映画は、ロバート・シャーウッドの戯曲「ウォータールー・ブリッジ」の二度目の映画化で、第一次世界大戦下のロンドン、ウォータールー橋のたもとで知り合った陸軍大尉とバレリーナとのすれ違いの悲恋を描き、日本映画「君の名は」にも影響を及ぼした名作である。これ、日本でミュージカルにするとしたら、やるのは誰と誰?
ビビアン・リーと言えば、年末にBSで「風と共に去りぬ」「アンナ・カレーニナ」「無敵艦隊」と彼女の主演3本立てを放映していたが、その放送を見ながらふと思い出したのは、昔、つかこうへいさんがビビアン・リーの伝記を読んでその面白さに感動し、彼女の生涯を舞台化しようとしたことがあったということ。あれ、その後どうなったのだろう?ビビアン・リーの生涯って、なんだか大作っぽくて面白そうじゃありません?ミュージカルにしたら、やっぱりスカーレット役に合格する場面などが描かれるだろうか。「哀愁」のマイラ役の撮影風景や、「欲望という名の電車」のブランチ役で二度目のアカデミー賞を取った場面も見てみたい。ミュージカル「風と共に去りぬ」もいいけれど、その裏側の話もなかなか興味のあるところなので、誰か金出してー!
とは言え、優れた舞台ミュージカルが映画になったものは数あれど、その逆、つまりヒットした映画をミュージカルにして上演することは、舞台人としてのプライドが許さないらしく、オリジナル精神を何よりも大事にするブロードウェイでは、あまり好意を持って迎えられないと聞く。「なぜすでに映画で大ヒットしたものを、あえてミュージカルにするのか?」という意見で、そこには製作スタッフのアイディア不足を非難するニュアンスが込められている。ジョージ・カウフマンの「ステージ・ドア」で語られているように、ハリウッド映画はあくまで営利目的、それに反してブロードウェイの演劇人には新しいものを創造しようとする芸術家としての誇りと自覚が強く根づいているということなのだろう。もちろん、オリジナルの脚本で新しいミュージカルをつくることにより大きな価値があることは言うまでもない。日本のプロデューサーは爪の垢を煎じて飲むべきでしょうか。 |